La Mer:2026/3/23 フランス海軍艦艇命名考?

 3月19日、エマニュエル・マクロン大統領は次世代原子力空母PANGの艦名を「フランス・リーブル France Libre」(自由フランス)とすることを発表した。

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 艦名に「フランス・リーブル」を選んだ理由について、上記記事によればマクロン大統領は「(現役である)シャルル・ド・ゴールの系譜に位置づける、将軍の人生、足跡、運命を辿れるようなものにしたかった……自由を守り抜く意志、それこそが我々の偉大な使命であり、我々を結びつける。自由であり続けようとするこの意志は、いかなる犠牲を払ってでも独立を貫き、行動の自律性を求め、フランスの国益のためならどこへでも我が国の軍事力を派遣する意志を示す……自由であり続けるためには、恐れられなければならない。恐れられるためには、強くなければならない」と述べている。他の仏政治家同様、あるいはそれ以上にド・ゴールを敬愛しているマクロン大統領らしい理由に感じた。個人的には、「レピュブリク République」(共和国)と「リシュリュー Richelieu」を推していたのだが、外れてしまい残念である。

 今年はリシュリュー枢機卿による1626年のフランス海軍創設から400年にあたるため、SNS上でも「リシュリュー」は有力候補だと見られていた。それと同時に、彼の名は君主的であり絶対王政を連想させる旧い名前であるため、2038年に竣工して40年は運用するPANGの艦名としては不適当であるとの意見も見られた。現役の「シャルル・ド・ゴール」はミッテラン大統領によって当初リシュリューと名付けられたが、その後ジャック・シラク首相によってシャルル・ド・ゴールへ変更された経緯がある。そのため、マクロン大統領が強い思いを込めて命名した「フランス・リーブル」も今後の政情によっては変更される可能性も少なくはない。ああ、「レピュブリク」にしておけば良かったのに!共和国、共和国の理念、共和国の慈愛、共和国の保護は荒れ狂う大洋を恐れることなく世界のどこにでも広がっていける!

 と思いながら何気なくフランス海軍艦艇の名前を眺めていたのだが、現政権、というよりマクロン大統領はシャルル・ド・ゴールと自由フランスの名前、その遺産、その歴史を海軍艦艇を通じて国民に残そうという意志があるように思う。

 たとえば、フランス海軍が現在整備を進めている「シュフラン」級攻撃原潜。現在、1番艦「シュフラン」、2番艦「デュゲイ・トルーアン」、3番艦「トゥールヴィル」が就役しており、4番艦「ド・グラース」が海上公試中で5番艦と6番艦も早ければ2029年までに就役予定である。「シュフラン」から「ド・グラース」までは17-18世紀に武勲をあげた偉大なフランス海軍軍人の名前で、主要軍艦には代々使われてきた伝統ある艦名であり、このブログを見に来られている方々には馴染み深い艦名であろう。この命名は海軍参謀長が提案して国防大臣が承認したものだった。5番艦と6番艦もこれに倣って「デュプティ・トゥアール」と「デュケーヌ」が予定されていたが、現在の「リュビ」と「カサビアンカ」に改名されている。前者は宝石のルビーのことであり、後者はデュプティ・トゥアールと共にナイルの海戦で死亡した海軍士官の名前で全く関係性がないわけではないが、両者を1~4番艦の艦名と比較すると不思議に感じるだろう。この「リュビ」と「カサビアンカ」という名前は、自由フランス海軍に所属して大戦を生き抜いた機雷敷設潜水艦(サフィール級)と一等潜水艦(ルドゥタブル級)の名前と同じであり、この最後まで抵抗を示した英雄的な潜水艦の名前を自由フランスの記憶とともに継承するため変更されたものなのである。

 そしてもう一つが、海外領土向けに設計建造されたフェリックス・エブエ Félix Éboué級海外哨戒艦(Patrouilleur Outre-mer)である。同級はヌメア、パペーテ、レユニオンなど海外領土に配備されていたP400級哨戒艇を置き換えるために計画されたもので、排水量は1,300mtと前級の4倍近いサイズになった。上記3基地に2隻ずつ配備される予定で、3隻がすでに就役し各基地に1隻ずつ配備されている。1番艦のAuguste Benebigはニューカレドニア出身で自由フランスに参加して北アフリカ戦線を戦い抜いた軍人、2番艦のTeriieroo a Teriierooiteraiはフランス領ポリネシア出身で同地域の自由フランス支持に貢献した活動家、3番艦のAuguste Techerはレユニオン島出身の自由フランス軍人、4番艦のJean Tranapeはニューカレドニア出身の自由フランス軍人でビル・ハケイムの戦いの英雄、5番艦のPhilippe Bernardinoはフランス領ポリネシア出身で北アフリカ・イタリア・フランス戦線に参加した自由フランス軍人、そして6番艦は6月18日の演説後すぐに植民地高官として最初に自由フランスに参加したフェリックス・エブエである。なお、通常は1番艦の名前が級名となるが、本級に関しては植民地を自由フランスに引き入れる功績を果たしたフェリックス・エブエを称えて「フェリックス・エブエ級」とされている。

 このように、フランス海軍艦艇にはシャルル・ド・ゴールや自由フランスに関する名前がマクロン大統領のもとで多く付けられるようになっている。「フランス・リーブル」とあわせて考えれば、近年脅威であることを隠そうともしなくなった無知蒙昧かつ野蛮で卑劣な専制主義的国家との闘い、破壊されつつある国際秩序の中で他国に決して屈しないというフランスの決意、そしてそのような事態を前にしてフランス国民に結束を促そうとする試みであろうか。2027年の大統領選挙でRNのジョルダン・バルデラが当選することが不確実とは言えなくなった現在、マクロン大統領はフランスが引き続き大国(国連安保理常任理事国で核保有国)としての責任を負うことができるような体制を残しておかなければならず、フランスの国家防衛で極めて大きな地位を占めているフランス海軍艦艇にそういった名前をつけるのはマクロン大統領特有の思惑があるのだろう。ジュピター的なマクロン大統領のこの表明が周囲から本当に賛同されているのかは定かではないが……

 「フランス・リーブル」が予定通りに就役し、自由で、強大で、独立した、偉大なフランスを支える柱となることを願うばかりである。

La Mer:2025/03/24 メモ:皇帝の海軍

【馬上のサン・シモンとフランス海軍】

  サン・シモンという人物は非常に謎めいた人物だ。技術者であり企業家、哲学者でもあったサン・シモンには多数の弟子たちがおり、イギリスと比して相対的後進国であったフランスの産業革命完了に大きな貢献を彼らが果たしたことは有名である。サン・シモンの人生や思想を深く知るには、それだけで私の人生をすべて費やしかねない(だいたいの物事はそうだ)ため多くは触れないが、「循環」と「ネットワーク」を生涯一貫して重視したことは注目に値する。彼は果たすことができなかったが、第二帝政下のペレール兄弟による「クレディ・モビリエ」の創設とそれに始まる金融改革、仏国内の鉄道網拡大、首都パリの大改造、スエズパナマ運河開通計画などサン・シモンの弟子たちがフランスや世界各地で起こした行動はヒト、モノ、カネ、そして情報の「循環」と「ネットワーク」を重視した彼の思想を見事に実現している。「循環」という言葉から想像できるように、サン・シモンは国家を人間の身体に例え、カネとモノといった血液を滞りなく身体の隅々まで循環させることが国家と社会を健全なものとするという思想も持っていた。

 サン・シモンの思想に強く影響を受け、血行不良を起こしやすいフランスでその循環を健全で強靭なものにするため自らを国家の頭とすべく行動を起こしたのがクーデタによって第二帝政を誕生させたナポレオン3世である。彼の評価については現在でも大きく割れているようだが、フランスにおける産業革命をひとまず完了させたこと、続く第三共和政が約70年続くことができた政治的社会的経済的基盤を良い意味でも悪い意味でも残したことを私としては好意的に見ている。ここでナポレオン3世を「頭」として第二帝政という人間を眺めてみると、例えが適切かどうかは不明だが首都パリを「心臓」、これは歴史的な意味合いもあるが、彼を支持する(頭を生かせる)ナポレオン3世配下のサン・シモン主義者と産業家を指す。「身体」はフランスの国土とそこに住む人民、「血管」は鉄道・水路・道路、「血液」は貨幣やモノだ。第二帝政(フランス)という人間は、上記の循環が適切に行われていたときはまさしく大革命以来の安定と繁栄を享受できていたが、独仏戦争によって「頭」を失い、「心臓」を仕留められたことで死に至った。最終的にはボルドーの方より行われた転生措置によって違う人間が新たに生まれることになる。

 この第二帝政という人物を見たとき、フランス海軍はどのような立ち位置にあったのだろうか。ライバルに対する剣であり、鎧であり、あるいは見られては困る身体の不都合な部分を覆い隠すマントだったと私は考えている。イギリスでの亡命生活が長かったナポレオン3世は自分が皇帝になった暁には、産業革命によるイギリスの繁栄を祖国フランスにももたらし、同国がその対応に苦慮しつつあった貧困問題にも対処できるような国家を作り出すことを目指していた。海軍の発展というのは、のちのドイツ帝国のように国内産業の活性化と貿易の拡大という国家指導者にとっては是が非でも欲しい果実を実らせるが、それは覇権国への挑戦とも受け取られる。フランスが国際社会においてその威信を復活させるためにはイギリスとの関係強化が不可欠と考えていたナポレオン3世にとって、工業の活性化というメリットを取っても海軍増強というのはあまり積極的になれるものではなかった。新たに定期郵便船サービスの会社を創設し、蒸気船を積極的に導入したのは軍事面でイギリスを刺激したくないという思いもあっただろう。海軍大臣が提案した建艦計画がイギリスを刺激するものでないか気にしていたことからもその思いが想像できる。第二帝政という人間が身につけた剣であり鎧でありマントである──イギリスと協力しつつ、彼らを抑止する──フランス海軍というテーマ、粗があるのは承知だがまとめてみれば面白そうである。