軍事計画法LPM2024-2030についての雑語り

 フランス政府は先月行われた閣議で2024年から2030年の国防計画法案を承認した。これは軍事計画法(LPM: la Loi de programmation militaire)と呼ばれるもので、兵器の設計開発や装備計画、資金調達などを新大統領の任期はじめに法典化したものである。LPM2024-2030の予算額は4130億ユーロ(約60兆円)であり、25年までの計画(LPM2019-2025)に比べて4割の増額となった。私は(他の時代に詳しいわけでもないが)現代の軍事戦略や兵器に疎いので、LPM2024-2030の報道について「フランスも軍拡するんだねえ」ぐらいの感想しか当初はもっていなかったのだが、暇つぶしに翻訳機能を使って読んでいると少し思うところがあったので、備忘録がてら雑語りをしてみたいと思う。

 LPM2024-2030では懸念すべき事項として、①昨年2月から現在まで続いているロシアのウクライナ侵攻によって核兵器の脅威が改めて示されたこと、②弱体化したアフリカ諸国がイスラム過激派によるテロ活動や民間軍事会社武装組織によって標的とされていること、③中国による軍備の拡大と強引な海洋進出によってインド太平洋の情勢が不安定になっていること、④気候変動と食糧危機がフランスの海外領土に悪影響を及ぼすこと、の4つを掲げている。

 これら懸念事項への対応として、LPM2024-2030では核抑止力の維持、高強度紛争に対応可能な通常戦力の近代化、同盟国や友好国との関係強化などをあげている。現職のエマニュエル・マクロン大統領にとっては前期計画となるLPM2019-2025と比べるとその背景には差があるものの、軍備の方向性については大きな差は感じられないように思える。LPM2019-2025でも「核抑止の領域で領土の防衛やその周辺における各種作戦の実施、情報収集、特殊作戦においてフランスは自主独立した行動ができなければならない」と明言されており、その他の領分では同盟国や友好国との協力が求められることになっていた。1958年にシャルル・ド・ゴール第五共和政を成立させて以降、その『自立』を維持──演出と言ったほうが良いかもしれない──するための核抑止力と『完全でバランスの良い軍隊』を確立させることをフランスは基本的な方針としている。実際には湾岸戦争リビア空爆でその綻びが露呈したように、他国同様フランスの軍隊に問題が全くないわけではないのだが、そうした方針のもとで第五共和政フランスの軍備は進められてきた。

 さて、フランスが何度も強調する「抑止力」とは、すなわち核兵器である。過去の記事で述べた通り、かつては核の三本柱すべて(原子力弾道ミサイル潜水艦、大陸間弾道ミサイル戦略爆撃機)に相当する兵器を保有していたフランスであるが、現在は『ル・トリオンファン』級原子力弾道ミサイル潜水艦と、空対地核ミサイルASMPを搭載するラファール戦闘攻撃機、そしてそれが運用可能な原子力空母『シャルル・ド・ゴール』を保有するのみとなっている。LPM2024-2030の「抑止」の項では核抑止力の近代化と維持を目的として、①改良型空対地ミサイル(ASMPA-R)の運用開始、②①の後継となる第4世代空対地核ミサイル(ASN4G)の開発、③これらを運用する近代化改修を施したラファールや、ドイツと協力して行う新型戦闘機(NGF)の開発、④先述した『ル・トリオンファン』級を更新する第3世代原子力弾道ミサイル潜水艦(SNLE-3G)とM51弾道ミサイルの開発と配備の4つが主に述べられている。また、この項目に含まれてはいないが、『シャルル・ド・ゴール』の後継となる新型空母(PANG)の開発も並行して進められる予定だ。

 LPM2024-2030の作成に取り組んだ現職のセバスチャン・ルコルニュ国防大臣によれば、このLPMを通じて「自立したフランス」というビジョンを示すことをエマニュエル・マクロン大統領から求められたという。ド・ゴールの時代からずっとフランスが希求し、また演出してきた「自立」は、自ら何とか創り上げた核兵器にその多くを依っており、上述した核戦力の近代化と更新はマクロン大統領の要請に合致するもので、特に疑問を挟む必要はないように思える。フランスはNATO内のNPG(核計画グループ)に入っておらず、独自の指揮系統のもとで核兵器を運用しているが、フランスの核兵器NATOの防衛に貢献していることは同盟国も認めており、その戦力の近代化と更新はNATOの防衛を強化できるものだから、これ自体について否定されることはないだろう。

 しかし、核戦力の近代化と更新、そして「自立したフランス」あるいは「フランスの大国としての主権を維持する」などの言葉には少しばかり不安を感じずにはいられない。というのも、LPM2024-2030では2030年時点での海軍について、3隻のFDI(防衛および介入フリゲート、『アミラル・ロナルク』級)を保有するとしている。2013年に「フランスを取り巻く危機と外部への介入に対応するためには15隻のフリゲートが必要」と示された方針のもとで、原計画より建造隻数が減らされていた『アキテーヌ』級フリゲートと『フォルバン』級駆逐艦を補完するために計画されたのが『アミラル・ロナルク』級である。同級は現在、老朽化している『ラ・ファイエット』級を更新することも企図され、建造隻数は5隻を予定しており、最終艦は2029年の竣工を予定していた。ギリシャ海軍も仕様を一部変更した準同型艦を3隻保有する予定で、兵器輸出に熱心なフランスの新たな商品として期待されている。ところが、先ほど述べた通り、LPM2024-2030によれば『アミラル・ロナルク』級は3隻しか2030年までに竣工しないことになっているのである。残り2隻を近代化改修を施した『ラ・ファイエット』級によって一時的に補完するのか、あるいは建造計画を白紙にするのかは定かではないが、「抑止力」となる原子力弾道ミサイル潜水艦と原子力空母に偏りすぎて通常戦力が今後も削減あるいは縮小されるのではないかという懸念が拭えない。

 フランスは冷戦期、『クレマンソー』級空母2隻と『ル・ルドゥタブル』級原子力弾道ミサイル潜水艦6隻を保有してその「フランス独自の核戦力」を諸外国に示していたが、湾岸戦争多国籍軍の一員として地域大国であるイラクへ侵攻した際には、そうした核戦力への偏重による弊害、つまり通常戦力の質的・量的な問題を露呈することになった。中国とロシアという大国に対抗しなければならないという情勢下で、フランスが大国としての主権を維持していくためには核兵器が引き続き重要な存在となるのは理解できるが、問題は同盟国や友好国との関係である。

 現職のマクロン大統領は「欧州の戦略的自律」をひたすら希求してきた。元を辿れば、これは第五共和政を成立させたド・ゴールの願いでもあったのだが、今のところその実現は難しいように見える。ド・ゴールアメリカとの同盟関係を全て否定していたわけではないように、マクロン大統領も欧州の防衛からアメリカを引き離すのではなく、全てをアメリカに依存するような形ではない欧州の防衛を実現させようとしているのだろうが、周辺諸国からの反応は良好なものではない。第二次世界大戦前、フランスに見捨てられる形でナチスドイツやソ連に蹂躙された東欧諸国は、フランスがリーダーシップを取ろうとする「欧州による防衛」には否定的である。もちろん、2022年3月のヴェルサイユ宣言で欧州諸国の防衛予算増額や産業強化の方針が確認されたように全く進展がないわけではないが、東欧だけでなく西欧内部にもあるフランスに対する歴史的な不信感というものはそう簡単に消し去ることはできないのだろう。加えて、米英と比較してウクライナへの兵器供与量が少ない(とされる)フランスが「欧州の戦略的自律」を掲げるなど、実態が伴っていないではないかという批判もある。カエサル自走榴弾砲やAMX-10装甲車などフランスの支援も少ないというわけではないのだが、やはりアメリカと比較すると欧州諸国に物的な支援をする力がフランスにはないのだ。大陸封鎖令を発令してイギリスと欧州諸国の貿易を止めさせたフランスに、欧州諸国の需要を満たすだけの国力がなかったのと同じように。今のフランスには、自分自身と仲間たち、どちらも十分に守れるだけの力がないのである。

 先述した通り、フランスは「完全でバランスのとれた軍隊」を目指しており、それは必ずしも実現されていないわけではない。フランスがNATO加盟国の中でも高い軍事力と技術力を持ち、実戦経験も豊富なことはアメリカも認めており、欧州に危機が及んだ時には他の同盟国と共に防衛に貢献できることを期待されているが、同時にフランス軍は長期戦には耐えきれないだろうとの手痛い指摘も受けている。「抑止、介入、防衛」この3つを完全なものとすることを求められたフランス海軍が、実際には長い間にわたって通常戦力の不足と老朽化、後方支援能力の不足に苦しめられていたように、この指摘は事実である。同様な問題は海軍だけでなく陸軍と空軍にもあり、ウクライナ侵攻後に行われた議会での軍関係者による説明によれば、フォークランド紛争と同様の損耗率で考えればフランス空軍のミサイルは数日で尽きるとの驚くべき話もあった。「完全でバランスの良い軍隊」とは、核抑止力の及ぶ範囲で行動することを想定している以上、通常戦力を最低限の規模に抑えることによって実現されているのである。

 もちろん、フランスの防衛はフランスだけで行われるものではなく、NATO加盟国や友好国と共に行われるものだ。通常戦力が削減されたとしても、他の同盟国や友好国と協力することで目的を果たすことはできるかもしれない。欧州に目をやれば、幸いにもイギリス、イタリア、スペインなどNATO加盟国には海軍の優等生がいる。特にイタリアは艦艇建造において協力関係が進んでおり、その堅実な艦艇整備には大いに期待ができる。インド太平洋においては、我が国やアメリカ、インドといった中国に対抗する意思を持つ国々と協力することは可能であるし(現在進行系でそれは進んでいる)、インドネシアやフィリピンなどの国々に(航空機や潜水艦などの)軍事的支援をすることで間接的に地域の防衛力強化を行うことができる。

 しかしながら、やはりフランスが今後も欧州のリーダーを自負するのなら、『アミラル・ロナルク』級を含めた通常戦力の増強にも力を入れたほうが良いだろう。特に、EUの常設軍事協力枠組み(PESCO)内で計画されている新型コルベット共同開発計画(EPC)などは必ず完遂させる必要がある。フランスは欧州防衛基金から資金を調達し、『フロレアル』級の代替として6隻のEPCを保有する予定だが、欧州防衛統合を象徴するこの計画が満足に遂行できないようであれば、「欧州の戦略的自律」など程遠くなってしまう。フランス海軍は「抑止」に気を取られすぎて「介入と防衛」の自由を失うようになってはいけないのである。

 フランス海軍の話ばかりではあるが、陸軍や空軍にも同様のことは言える。スコーピオン計画のもとで車両の近代化と更新を順調に進めているフランス陸軍だが、大陸欧州の防衛はポーランド陸軍に多くを依存しているのが実情である。隣国のドイツが冷戦時代のように大規模な陸軍を持たず、むしろ周辺諸国に防衛を丸投げしているような状況では、ポーランドがそのような立場になるのは仕方がない。ポーランドは歴史的な面でロシアへの危機感とフランスへの不信感が強く、フランスの「欧州の戦略的自律」には真っ向から反対するEUの問題児であるが、彼らが大陸欧州の防衛に果たしている貢献は大きい。東欧諸国から信頼を得るための通常戦力増強が難しいのならば、ポーランドを始めバルト三国ルーマニアに自国部隊を長期間駐留させるなどの"目に見える貢献"をするという手もある。現在も行われている、フランス陸軍やフランス空軍の東欧諸国への部隊派遣をより強化するという考えだ。あるいは、そうした目に見える貢献以外では、ポーランドルーマニアとの軍事技術面での支援という手段もある。例えば、ポーランドは昨年末にフランスから軍事衛星2基を購入する契約を結んで自国の情報収集能力向上を目指しているし、ルーマニアは新型水上艦の建造や潜水艦の保有計画などでフランスとの協力が発表されている。フランスが「自立」した上で、他の欧州諸国から信頼を得るための方法は皆無ではないのである。個人的には、フランスとポーランドは対立を深めるのではなく、対話の場をもっと作るべきだと感じる。

 長々と書いてはみたが、私がフランスの国防計画にどうこう言える立場ではないことは重々承知している。しかし、フランスが今後も「ヨーロッパのフランス」であり続けるのであれば、「自立」を維持するための核戦力増強だけでなく、他の欧州諸国から信頼を得られるだけの通常戦力の確保と運用、そして政治的・経済的・技術的な協力を惜しむべきではないだろう。今後、2030年までにフランスの軍隊と同盟国の関係がどのようなものになっているか、そして中国の強引な海洋進出に対して、我が国とフランスがどのような関係を築いていけるのか、今後も注目しておきたい。

 

参考Webサイト

フランス国防省

国民議会公式サイト