フランス海軍通史 第十二回:現代のフランス海軍

前回(第十一回:フランスの核)の続きです。

フランス海軍通史は本稿が最終回となります。

 

 

 12-1. 失われた自由

 前回述べたとおり、第五共和制発足後、「抑止」を第一に活動してきたフランス海軍であったが、冷戦の終結によって次順の「介入」や「防衛」についても再考を促されることになった。きっかけとなったのは、冷戦終結直後の1990年8月、イラククウェート侵攻に端を発する湾岸戦争である。当時大統領であったフランソワ・ミッテランは、アラブ世界の中での平和的解決、国連による調停を表明したが、アメリカを中心とした国際社会がイラク攻撃に傾倒していく中で次第に参戦の意向を固めていった。最終的にミッテランは、「(参戦しなければ)倫理的、軍事的、外交的に欧州と大西洋地域でフランスは信用を失ってしまう」ことを理由に参戦を決意し、自国の陸海空軍を派遣した。フランス海軍はさっそく、1個ヘリコプター連隊を載せた空母『クレマンソーClemenceau』、『カサールCassard』級駆逐艦2隻、フリゲート4隻、補給艦1隻からなる艦隊を急派させている。『クレマンソー』は地上部隊をおろして引き揚げたが、代わりにペルシャ湾駆逐艦フリゲートを中心に、工作艦と補給艦を加えた艦隊を展開させた。これとは別に、インド洋に補給艦、紅海に病院船を派遣して多国籍軍の後方支援を行っている。派遣されたフランス陸軍は多国籍軍の最左翼に配置され、主力のアメリカ軍の側方を援護しながら大きく迂回する形でイラク領内への侵攻を行っている。戦争は多国籍軍の圧勝に終わり、最後の最後で参戦を決意したフランスは何とか面子を保つことができたが、この戦争ではフランス軍の欠陥が幾つか露呈することになった。

 まず、一番大きな問題は投入した兵器の性能である。湾岸戦争アメリカが空母6隻を派遣してイラク軍への航空攻撃を積極的に行い、多国籍軍の勝利に貢献したことは有名であるが、フランスは自国の『クレマンソー』級を前述した輸送任務にしか用いていない。『クレマンソー』級搭載機のF8Uクルセイダーとシュペルエタンダールの性能面での旧式化は否めず、中東諸国の中では強力な軍事力(イラク軍が使用していた航空機の中にはフランス製のミラージュF1戦闘機もあった)を持つと見られたイラクへの攻撃で同航空機部隊を展開させることはリスクが大きかった。また、湾岸戦争より前の1982年に起きたフォークランド紛争では、アルゼンチンの攻撃機(フランスから導入したシュペルエタンダール)によってイギリス海軍の艦艇が大きな被害を受け、敵航空機の早期発見と味方航空部隊の指揮管制能力の重要性が改めて認識されたが、小型の『クレマンソー』級ではアメリカ海軍のE-2早期警戒機のような機体を運用することは困難であったため、航空管制の面でも『クレマンソー』級を実働部隊として派遣することは難しかったのである。他地域への軍事介入で航空攻撃を行う時、フランスは『クレマンソー』級の航空部隊(あるいは対象近くの航空基地にフランス空軍の航空部隊)を展開させるしかなかったが、前述した理由のためフランスは湾岸戦争中、航空攻撃をアメリカにほとんど任せることになった。また、湾岸戦争ではアメリカ海軍が長射程のトマホーク巡航ミサイルを対地攻撃に使用してその有効性を証明したが、フランス海軍には同種のミサイルは存在しておらず、従来内陸部への航空攻撃をすべて『クレマンソー』級の艦上機に一任していたのも問題となっている。地上兵器でも、イラク軍が保有している戦車に比べ、フランスが派遣したAMX-30主力戦車やAMX-10RC装輪装甲車の防御力が不足していることが指摘されており、フランスの地上部隊が多国籍軍の最左翼に配置され、主力であったアメリカ軍の援護をする形になったのは、その戦闘能力に疑念が持たれていたことは否定できない。

 次に、情報通信技術である。当時首相を務めていたミシェル・ロカール湾岸戦争後に「我が国はアングロサクソンの友邦と異なって情報軽視の伝統がある」と反省の弁を述べたように、フランスは情報分野で大きく遅れをとっていた。1980年代初頭、財政難から偵察衛星の計画を放棄していたフランスは、イラク情勢を把握するにあたってアメリカが提供する衛星写真等に頼るしかなく、アメリカが提示するイラク軍の部隊規模や配置に対して疑念があっても反論用の材料がないため同国が提供する情報に沿って作戦を行うしかなかった。戦略、戦術どちらの情報もアメリカに頼らなければならなかったことは「自立」を掲げるフランスとして大きな問題と見なされている。

 最後に派遣兵力である。フランスが湾岸戦争で派遣した兵力は1万2000人ほどであったが、総兵力ではフランスより下にあるはずのイギリスが3万人(後続に1万人)派遣していたことは議論の的となった。当時のフランスは志願制と徴兵制が混在しており、湾岸戦争のような他地域での戦争に本土防衛のための徴兵部隊を派遣することが政治的に困難であったため、志願兵部隊や現存する部隊の中から志願を募るという形で派遣兵力を構成したが、これによって完全志願制を導入していたイギリスと大きく派遣兵力で差を付けられてしまったのであった。

 フランスは、フランス海軍が持つ原子力弾道ミサイル潜水艦という「抑止」のもと、アフリカ諸国に数十回以上の軍事介入を今までに実施してきており、その点では確かにドゴールが考えていたような「介入(と防衛)の自由」は保障されていたが、まともな戦力を持たない旧アフリカ植民地の国々とは違い、イラクのような地域大国への「介入」が難しいものであることが湾岸戦争で証明されてしまった。ドゴール以後の大統領、ポンピドゥー、ジスカール・デスタン、ミッテランは「抑止」だけでなく、「介入」や「防衛」についても重視する姿勢を持っており、通常戦力の更新や強化を五年単位の軍備計画に盛り込むことはあったが、「抑止」となる核戦力に多く予算を投入している中では、それらはかえって中途半端な、不十分なものになっていた。フランスの軍備は「抑止」に集中、そして依存し過ぎており、「抑止」によって自由が保障されるはずの「介入」(と防衛)のための戦力は、皮肉なことに「抑止」を維持するために脆弱なものとなってしまっていたのである。

 

 12-2.  国防計画の再考とフランス海軍

 フランス政府は戦争前の1989年に「軍計画2000」と呼ばれる新たな軍備計画を構想していた。これは社会党出身のロカール首相とシュベーヌマン国防相が中心となって検討を行ったもので、東西陣営の接近と緊張緩和を念頭に置き、1987年に採択された第六次五カ年計画を見直して作戦部隊の効率化や地域部隊編成の単純化、兵器開発や生産の優先順位付けなどを盛り込んだものであった。第六次五カ年計画は国防費の増加を企図するドゴール派のシラク首相によってかつて立案されたもので、「抑止」となる原子力弾道ミサイル潜水艦の新造や弾道ミサイルの改良はもちろんのこと、同盟諸国と有効な共同作戦を実施するために戦車1,000両、装甲車両8,000両、ヘリコプター500機、輸送機100機の開発生産、空母や揚陸艦保有、そのほか偵察衛星の計画や情報技術の改善、欧州諸国との共同防衛などが盛り込まれた非常に野心的なものである。社会党は国防費が教育費を初めて上回ったとして、また共産党は抑止力だけでなく外部への攻撃力強化だとして反対していたが、何より財政的な面から見て実現が難しいものであることは明白であり、また東西陣営の接近が進みつつある中では通常戦力の大幅な強化と更新の国内外への説得は、正当化が得意なフランスとしても難しいものがあった。

 先述した理由から、「軍計画2000」は第六次五カ年計画より予算が相当削減されている(作戦部隊の効率化や地域部隊編成の単純化などもその一貫である)が、原子力弾道ミサイル潜水艦が搭載するSLBMの新型への換装、新型原子力弾道ミサイル潜水艦(『ル・トリオンファン級』)、アデス地上核ミサイルの開発や製造などは認められていた。シュベーヌマンがフランスの核戦力はあくまでも抑止のために存在しており、最終警告用の地上核ミサイルや空中発射型巡航ミサイルも戦闘の劣勢を覆すために使用するのではなく、最終的な交渉の道を開く可能性を維持するためにあると述べているように、「抑止」の重要性は変わっていなかった。前述した自国軍隊の問題を痛感したフランス政府は、財政問題も考慮した上で「軍計画2000」の修正と早期実現化を企図したが、内閣の交代や議会総選挙での与党大敗(再度のコアビタシオン)などもあって完全には実施できていない。ただし、湾岸戦争で問題となった情報通信分野(スペイン、イタリアと共同のエリオス偵察衛星の打ち上げ)の改善や、新型の主力戦車戦闘攻撃機の開発生産など、幾つか実行に移されたものもあり、以後フランス海軍の「介入」と「防衛」も徐々にではあるがその近代化が進められることになった。

 1994年、新たに首相となったRPR(共和国連合)のエデュアール・バラデュールは1972年以来となる国防白書を議会に提出した。同白書の序文には、フランスの防衛は国際的秩序の安定と欧州内外の危機予防を目的とし、欧州連合の発足に伴ってその防衛に貢献するものとならなければならない旨が書かれており、フランス軍が運用されるシナリオとして以下の6つを想定している。

 (1)フランスの死活的権益を脅かさない地域紛争

 (2)フランスの死活的権益を脅かす地域紛争

 (3)フランス海外領土の保全の侵害

 (4)二国間協定の発動

 (5)他地域での治安維持活動

 (6)西欧に対する重大な危機の出現

 この中で、フランスの直接的な防衛に関わるのは(2)(3)(6)であり、これらは引き続き「抑止」(核戦力)が重要な役割を担うことになるが、それ以外は「介入」(や「防衛」)の範疇である。(1)はフランスの権益を直接的に脅かすようなものではない地域紛争に対して、同盟関係あるいは国連決議に沿って陸海空軍の部隊を派遣することを想定したもので、その対象となる地域は欧州、アフリカ、中東、そしてより遠方のものとなる可能性がある。(4)はフランスが治安維持協定や防衛協定を締結しているアフリカ諸国における紛争への介入を想定しており、協定に沿って地域住民、在留フランス人および外国人居留民の保護、紛争の仲裁、治安維持や復興などを目的とする。最後に(5)だが、これは国連など国際協調体制の中で行われる紛争仲裁や人道支援活動、停戦監視などを想定している。いずれのシナリオ、特に(1)などに対処するためにはフランス海軍の持つ空母や揚陸艦が重要な意味を持つことになるのがお分かりいただけるだろう。

 冷戦終結後の国際秩序が不安定なものとなる中、国際社会におけるフランスの立場を確固たるものとするためNATOや欧州との協調体制を進展させたミッテランのあとを継いで1995年に大統領に就任したのはジャック・シラクであった。1981年、1988年の大統領選挙で敗れているので三度目の正直である。パリ政治学院国立行政学院を卒業したシラクは「ブルドーザー」とあだ名される行動力を武器に、ポンピドゥー、ジスカール・デスタンのもとで首相や内相など閣僚を多く務めていた。ポンピドゥーを師と仰ぐ忠実なドゴール主義者であったシラクは、冷戦終結によって経済的、軍事的に頂点に立ったアメリカの「一極化」が進む国際社会の中でフランスの存在をどのように示していくかに腐心している。シラクアメリカの「一極化」を批判し、新たな国際秩序が「多極構造」となるべきであると主張し、欧州連合(EU)を一つの極としてその中でフランスが主導権を握ることを望んだ。アメリカという一つの「極」が国際社会を支配するのではなく、「多極(各地域の中心となる国家)」間の均衡と合意によって行われるべきであるとする「多極構造」であるが、これはフランス史を専門とする渡邊啓貴氏の言葉を借りると、「(多国間主義が民主主義を基礎とする体系であるとするなら)アリストクラシー(貴族制度)とでも言うべき上下関係を前提にした体制」であり、各地域の中心(極)となる国家が影響圏を分担しようという、実現性で疑問符がつくものである。多極構造による国際社会の安定のためには、極となる国々が一定の価値観を共有した上で対話の場を設け、妥協と合意を重ねる必要があるが、それに応じない国が出た場合はすぐに破綻してしまう。極の一員となる中国やロシアは、EUそしてフランスから見れば経済面で非常に重要なパートナーであるが、両国はアメリカやイギリスのように価値観の共有が可能な国ではないし、EUが極であると国際社会から恒久的に認められる保障もないのである。大国意識が未だに抜けないが、大国に対抗するだけの力を持たず、されど国際社会においてそれなりの影響力を持っており、外交を他国に束縛されたくないフランスのような中級国家にとって好都合な論法とする見方が研究者の間では主流のようである。

 極の一員となることを目指すフランスには、国連安保理常任理事国の地位、アフリカ諸国や中東諸国との関係、文化や言語を通じた影響圏の確保など数多くのカードがあるが、最終的な担保となるのは前回述べた核抑止力をはじめとした軍事力の存在である。大統領就任後のシラクが、前政権のミッテランが停止していた核実験の再開を決定したことや、フランスの核を欧州全体の防衛に用いることを提唱したのはこれと無関係ではない。1996年、シラクは核戦力削減と軍隊の近代化を目的とした新たな国防計画を発表した。核戦力削減については、地上核兵器は先制攻撃の目標となりやすいため、フランスおよび欧州の防衛力として機動性と柔軟性があるSLBMとASMP空中発射型核ミサイルのみを保有することが定められており、1997年にはすでに退役していたプリュトンに続いてアデスが廃棄され、1998年にはS3D地上発射型弾道ミサイルが解体された。この国防計画では地域紛争などに対処する緊急即応部隊の機能強化と、コスト削減のための職業軍隊化(徴兵制廃止)が盛り込まれていた。

 緊急即応部隊の機能強化という観点から遠方への戦力展開が重視されたことで、フランス海軍では『ウラガンOuragan』級揚陸艦(排水量8,500t、同型艦2隻)と『フードルFoudre』級揚陸艦(排水量12,400t、同型艦2隻)で構成されていた水陸両用戦力を強化(更新)することが求められた。新型揚陸艦の計画は1997年以降からはじまり、ヘリコプターの運用能力を大幅に強化した『ミストラルMistral』級揚陸艦の建造が2003年から開始されている。同級は空母型の船型を採用しており、排水量21,500t、機関にはディーゼル電気推進のポッド方式を採用し、速力19ktを発揮する。AMX-56ルクレール主力戦車などの各種車両を60両、ティーグルやNH90などのヘリコプターを16機、乗員とは別に兵士450名を搭載することが可能である。ウェルドックにはEDA-S上陸用舟艇四隻か、速力25ktを発揮可能なフランス独自の双胴式揚陸艇EDA-R二隻を収容している。同級は2006年から2012年にかけて計3隻(4番艦は計画放棄)が竣工した。竣工後、『ミストラル』級各艦は諸外国への軍事介入のための兵力輸送だけでなく、在留フランス人の保護、大規模災害における人道支援などで西アフリカ、中東、インド洋へ度々展開している。

 これとは別に、「抑止、介入、防衛」を担える存在として、フランス海軍が待望していた原子力空母『シャルル・ドゴール』が2001年に竣工した。長くフランス海上航空戦力の象徴であった『クレマンソー』の代替としてミッテラン政権下の1980年代に計画が開始された同艦は1986年に発注されたが、国防予算の削減と建造予算の増額(当初の見積から二割増し)などもあって工事開始は遅れ、1989年にようやく起工された。1992年に船体がほとんど完成した段階で一旦海上に浮かべ、各種試験を行った上でまた戻し、1994年に正式な進水を迎えている。起工から竣工まで12年とかなり建造に時間がかかり、竣工後もプロペラ破損や下げ位置の舷側エレベーターが荒天時に波で洗われるなどの技術的問題を露呈したが、アメリカ以外では唯一の原子力推進かつ搭載機のカタパルト発進(と拘束ワイヤによる着艦)が可能な空母である。排水量は43,000tほどとアメリカの『ニミッツNimitz』級原子力空母の半分以下で、搭載機もラファール戦闘攻撃機やE-2C早期警戒機、各種ヘリコプター含めて合計40機ほどとクレマンソー級と大差がない。固有兵装としては、アスター15短SAM用VLS4基(計32セル)、ミストラル近接防御SAM6連装発射機2基を装備している。搭載機を射出するC13蒸気カタパルトや艦隊防空の要であるE-2C早期警戒機がアメリカ製であることに大国ではないフランスの限界を感じずにはいられないが、それでも本艦が有力な海上航空兵力であることに変わりはなく、竣工後はアフガン戦争やリビア内戦、IS空爆などの各種作戦に投入され、新型のラファール戦闘攻撃機と共にその高い遠方展開能力を示している。

 なお、1996年発表の国防計画の主眼の一つであった職業軍隊化(徴兵制廃止)は議会で大きな反発を招いた。志願制と徴兵制をどのようにするかは湾岸戦争の教訓を受けて対応を迫られたミッテランのもとでも中々折り合いがつかなかったが、シラクは後者を廃止することを決定した。兵器の高度化が進むにつれ、兵士に専門性が求められるようになると、頭数を揃えるだけの徴兵制は教育費用が嵩張るだけで実態に即しておらず、新たな国防白書で示したフランス軍の運用に十分に適応できないというのが理由であり、徴兵制廃止に強く反対した社会党共産党もこの点に関しては認めざるを得なかったが、それでも反対を繰り返した。フランス共和国を守る軍隊は、出身地、出身階級、人種、民族、宗教などを超えたすべてのフランス国民によって共通の祖国を守る集団として存在しなければならず、また徴兵制の廃止と完全志願制の導入によってフランス軍の兵士が「貧乏人の徴兵」となってしまう(可能性がある)ことは、共和国の標語である(国民の)「平等」という観点からも認められないというものである。結果的に徴兵制廃止は可決され、後に実施されたが、フランス革命から続く伝統は簡単に忘れることができないのか、廃止から10年経った時点でも6割近くのフランス国民が徴兵制廃止を残念に感じると答え、徴兵制が担ってきた社会的義務制度の創設を求める声があったとされる。余談だが、様々な改革を掲げて2017年に当選した現職のエマニュエル・マクロン大統領は、国民の国防意識の希薄化を憂慮して徴兵制の復活(1年)を公約に掲げていたが、その実現は経済的、物理的に難しく、また国民からの反対もあったため、国防道徳教育課程の設置や市民による地域活動などの導入にとどまっている。

 

 12-3.  NATO軍事機構への復帰

 1966年にドゴールのもとでNATO軍事機構を離脱していたフランスであったが、シラク政権下ではその方針に転換が見られた。前政権下で策定されていた1994年の国防白書では平和維持活動に関するNATO会議へ国防大臣と参謀総長を参加させる方針を示しており、1995年12月には部分的に軍事機構へ参加するなど、シラクはフランスがNATO軍事機構に復帰する姿勢を見せている。ただ、フランスはNATO軍事機構への復帰条件として、NATO内におけるヨーロッパの影響力を高め、そのヨーロッパの中でフランスが中心となることを求めた。すなわち、NATO南欧司令長官のポストをアメリカ人ではなく、フランス、イタリア、スペインいずれかの軍隊出身者となることを要求したのである。この点でアメリカは譲歩せず、またNATO内のヨーロッパの立場を強化するために提唱した、フランスの核の使用をNATO理事会と共有することも受け入れられなかった。結局、1997年に成立した社会党のジョスパン内閣はNATO復帰を否定したため、シラク政権下でのフランスのNATO軍事機構への復帰は実現しなかった。

 それから12年後の2009年4月に行われた首脳会談で、フランスはNATO軍事機構への復帰を43年ぶりに果たした。この復帰を決定したのは2007年、ジャック・シラクのあとを継いで大統領に就任したニコラ・サルコジである。サルコジは、2003年のイラク戦争を巡って深く傷ついた米仏関係の修復と、EU憲法条約の批准をフランス国民が拒絶して欧州統合が停滞したことによるフランスの国際的威信の回復を説くなど前任のシラクとの違いを掲げていたが、フランスの存在感を世界に示すことを目指すという点で歴代大統領と違いはなかった。イラク問題でアメリカと協力する姿勢を強調したサルコジは、2008年のNATO首脳会議でアフガニスタンへのフランス軍増員を決定してアメリカを喜ばせ、NATO軍事機構への復帰を再三表明していた。NATOが創設された1949年からちょうど60周年にあたる2009年に復帰を実現させたことになる。

 サルコジNATO軍事機構復帰という決断に対し、社会党のジョスパン元首相は「我々の防衛体制は大きく変わり、フランスは行動の自由を失うことになるだろう」と述べ、またシュベーヌマン元国防相も「NATOは米国外交の決定に強く依存した機構である。(復帰しても)我々は何ら影響力を持てないし、『ノン』ということを可能とする距離を失うことになる」と批判した。また、野党だけでなく、与党の国民運動連合(現在の共和党)に所属し、2003年のイラク戦争の際には独善的なアメリカの行動を支持しないことを最後まで訴え続けたドビルパン前首相も「アラブやアフリカ、南米諸国は常にフランスの自由と独自性を評価しており、(我々が)NATOの統合軍事機構に再び加わることになれば、我々が巧みに動く機会や多極化時代における発言力が失うことになるだろう」と大統領の決断を厳しく批判している。他にも「アメリカの政策への同調」や「ドゴールに対する裏切り」など考えられるだけの批判がメディアや右派政党から浴びせられている。サルコジは、平時にフランス軍NATOの指揮下に入ることはなく、またその行動を強制されないこと、そしてフランス独自の核戦力は維持され、「フランスの自立」が損なわれることはないことを再三強調した。様々な批判が飛び交う中、当時首相であったフランソワ・フィヨンの信任を問う形でNATO軍事機構復帰の投票が行われたが、結果は賛成多数の可決であった。サルコジは、「フランスがNATO軍事機構から離脱している間にも、ミッテランシラクNATOの指揮下で軍隊を展開しており、これは奇妙なものだ」と復帰表明を行う首脳会談前の記者会見で述べている。NATO創設60周年に合わせて開催されたこの首脳会議で、原加盟国であるフランスが軍事機構に復帰したことは、アメリカを含む同盟国から同盟の強化に貢献するものとして大いに歓迎された。NATOから一歩距離を置いて行動するよりも、同盟に復帰してその中で積極的な役割を果たすことでフランスの政治的、軍事的立場をサルコジは強化しようとしたものと考えられる。

 

 12-4. 地域大国との防衛協力─「自立」の維持─

 フランスは、自国軍隊の自立性を維持するため、核戦力と通常戦力いずれにおいても自給自足できる体制の確立に取り組んできた。空母や潜水艦といった艦艇、航空機、装甲車両などの主要装備はそのほとんどが国内開発か欧州諸国との共同開発である。フランスは国家が一体となる形で航空宇宙産業や兵器産業を育成しているが、これらの防衛産業を維持するためには国内だけでは市場が小さすぎるため海外への兵器輸出を積極的に行っており、アメリカやロシアに次ぐ世界3位の兵器輸出国の地位を維持している。前述した1994年の国防白書でも「兵器輸出政策は自主独立を志向するフランスの主権を構成する要素の一つであり、防衛産業の資金源となるだけでなく、その生産力や技術力を保障し、また世界におけるフランスのプレゼンスを示すための手段である」ことが記されており、この認識は2022年の現在も変わっていない。

 冷戦期から現在に至るまで、フランスの兵器輸出先はアフリカや中東諸国がその多くを占めている。アメリカやロシア(ソ連)といった大国の争いに巻き込まれたくないこれらの国々にとって、両国から(その実態はともかく)一定の距離を持った自立外交を展開している(ように見える)フランスは最新兵器の購入先として非常に魅力的だった。兵器輸出において競争相手であったアメリカも、フランスが西側民主主義陣営の忠実な同盟国であることはよく理解しており、自国が深入りせずにこれらの地域を自陣営に紐付けるためにもフランスが兵器輸出を積極的に行うことは否定していなかった。フランスから輸出された兵器は小火器から装甲車両、戦闘機と数多くあるが、建造するために長年の経験と相応の設備が必要となる艦艇は特に価値が大きく、フランスとしてもその生産力と技術力を維持するため艦艇輸出には積極的な姿勢をとっている。

 前述したとおり、フランスはヨーロッパを「一つの極」とし、その中で自国が主導権を握ることで国際的な影響力を保持することを狙っており、各地域における「極」というべき地域大国との関係強化に積極的である。2008年、フランスはブラジルと軍事技術協力に関する協定を締結した。その中心となるのは、フランスが輸出用に開発した『スコルペヌScorpene』級潜水艦のブラジル国内での建造支援である。ドゴール派の政党を率いるサルコジにとって、かつてドゴールが求めた「抑止」つまり原子力弾道ミサイル潜水艦の維持と増強は変わらず優先課題であったが、冷戦終結後の予算削減もあってその建造は長期間の空白が想定された。潜水艦のような特殊な軍艦の建造技術は、一度失われてしまえば取り戻すことは非常に難しい。サルコジは自らが主導する形で、改良型『スコルペヌ』級潜水艦建造の支援をブラジルへ行うと共に、そのデータを収集して自国用(原子力)潜水艦建造のためのノウハウを絶やさないことを目指したのである。無論、フランスの存在感を世界に示すというサルコジ外交政策(一貫性がないという批判もあった)の一端であることは言うまでもない。フランスの弟子となったブラジルは、すでに潜水艦を国内で数隻建造しており、2030年代には同国初となる原子力潜水艦を建造する予定である。このブラジル製原子力潜水艦に搭載される原子炉についてフランスは技術支援をしておらず、これはかつて核保有を目指して精力的に原子力研究に取り組んだこともあるブラジル独自のものとなる。フランスが潜水艦用原子炉に関する他国への技術支援に消極的な姿勢を批判する人もいるが、国内で原子力を扱えないような国が原子力潜水艦を持とうとすることを批判するべきであろう。

 この他、フランスはアジアの「極」であるインドに対しても『スコルペヌ』級潜水艦建造の協力を進めており、スケジュールは遅延しているがすでに4隻が就役している。今後も同型艦が追加される予定だ。非同盟主義を掲げるインドにとってフランスは相対的に協力を頼みやすい相手であり、防衛装備面でのフランスとインドの協力は冷戦期から続いている。特にインドは1980年代からソ連への依存を減らし、より多角的な外交を模索する中で対仏関係を強化していった。インドとは潜水艦だけでなく、ラファール戦闘攻撃機についても数十機単位の導入が決定されており、自国の海外領土が存在するインド洋での安定化を目指すフランスにとってインドは重要な戦略的パートナーである。余談だが、インドが前述した『スコルペヌ』級潜水艦を含む潜水艦建造計画を打ち出したのは、敵対する隣国のパキスタンが1990年代後半から最新の通常動力型潜水艦保有したのに端を発するが、この最新型潜水艦をパキスタン向けに建造したのはフランスである。サルコジのあとに大統領を務めた社会党フランソワ・オランドや現職のマクロン大統領もインドとの関係強化には精力的であり、インド洋の海上交通情報の交換や海賊・テロ対策の協議、インド洋監視のための衛星システムの共同開発に関する覚書の署名など両国の関係強化は進展しており、仏印両国が海軍基地を含む軍事設備を相互に融通することが可能な「相互補給支援協定」も締結された。この協定によって、インド洋で活動を行うフランス海軍は、同地域で有数の戦力を持つインド海軍と協力した上で自国権益の保護活動に努めることが可能となっている。

 

 12-5. 現在のフランス海軍

 冷戦終結後、第一義となる「抑止」を維持しながらフランス政府が掲げる新たな国防方針のもとで「介入」と「防衛」の戦力の更新を図ったフランス海軍の現在の主戦力を先に紹介した艦艇を省く形で概観してみよう。駆逐艦としてはまず、イタリアとの共同開発計画(ホライゾン計画、イギリスも参加していたが途中で脱退)で建造された『フォルバンForbin』級駆逐艦がある。同級は満載排水量7,163t、速力31kt、防空用に長射程のアスター30と短射程のアスター15を搭載する防空ミサイル駆逐艦で、『シャルル・ドゴール』の護衛を目的として2010年に1番艦が、2011年に2番艦が就役している。次に、イタリアとの共同建造計画FREMMに基づいて建造が進められている『アキテーヌAquitaine』級駆逐艦である。満載排水量6,096t、速力27.5ktを発揮し、主兵装として対潜型はアスター15とMdCN巡航ミサイルを、対空型は後者に代えてアスター30を搭載する。『トゥールヴィル』級や『ジョルジュ・レイグ』級といった旧式の水上艦艇を一挙に更新するために計画された同級は当初17隻の建造が予定され、キャンセルされた『フォルバン』級の3番艦と4番艦の代替として最後の2隻を対空型とすることになっていたが、その後建造計画は11隻(対潜型9隻、対空型2隻)に縮小、その後一時的に15隻に増加されたが最終的に対潜型6隻、対空型2隻の計8隻建造されることで落ち着いている。当初より隻数が半分ほどになってしまったが、対地攻撃が可能な射程1,000kmのMdCN巡航ミサイルを運用可能な同級の対潜型はフランス海軍の活動の幅を広げる存在として期待されている。また対空型となる『アルザスAlsace』は昨年4月に就役し、最終艦となる『ロレーヌLorraine』も近いうちに就役する予定である。

 海外領土の警備にあたることを主な目的とするフリゲートとしては、1990年代後半に5隻就役した『ラファイエットLa Fayette』級がある。同級はステルス設計を全面的に取り入れた初の水上戦闘艦として知られており、各国艦艇の設計に大きな影響を与えている。満載排水量3,810t、速力25kt、高強度な戦闘よりも海外領土警備や哨戒任務、特殊作戦支援任務を重視しているため、兵装は100mm砲1基、エグゾセ対艦ミサイル発射機2基、クロタル近接対空ミサイル1基と少なく、対潜用の魚雷発射管もソナーも装備していない。なお本級の兵装を強化した派生型が台湾、シンガポールサウジアラビアに輸出されている。海外領土の警備艦としての性格を強く持つのが満載排水量2,950t、速力20ktの『フロレアルFloreal』級で、1990年代前半に6隻建造された。兵装として100mm砲1基、シンバド近接対空ミサイル1基で、エグゾセ対艦ミサイルを搭載するための架台があるが、搭載していることはあまりない。北朝鮮船舶の瀬取り監視を含めて日本に来航することが度々あり、この海域ではフランスの顔として知られる艦艇である。

 全体的に見て、「介入」と「防衛」のための戦力を更新する努力は行われているが、リーマンショックといった財政危機があったことを考慮しても、やはり「抑止」を重視せざるを得ないためまだまだ不十分といった印象が強い。各種軍事作戦だけでなく、違法漁業取締や海難救助といった平時の活動に常に戦力の4分の1を投入しているフランス海軍にとってこの状況は当然受け入れ難いものである。フランス政府もそれを認識しているため、インドや日本といったインド太平洋の国々との関係強化に努めており、フランス海軍はNATO軍事機構復帰後、一層欧州諸国の海軍との連携を強化している。例えばイタリアとはホライゾン計画やFREMM計画などで分かるように艦艇開発の面でも協力の深化が図られている。欧州諸国の中でも、フランス海軍が特に重視するのは400年近い関係を持つイギリス海軍との協力である。2010年にサルコジ大統領とイギリスのキャメロン首相の間で締結された防衛条約では英仏間の軍事協力が盛り込まれ、様々な状況に適応可能な部隊を合同で創設することに同意しており、両国の空母で統合部隊を編成することなども構想されている。欧州の完全な防衛のためのフランス海軍の最良のパートナーはイギリス海軍であると認識しており、政治外交面では現在も(というより常に)対立することの多い両国だが、軍事面での協力は緊密なようである。

 

 12-6. 将来のフランス海軍

 最後になるが、フランス海軍が現在進めている将来の建艦計画の中で主要な艦艇を見ておこう。まず、フランスの自立を象徴する原子力弾道ミサイル潜水艦である。2021年2月、フロレンス・パルリ国防大臣は「SNLE-3G(Sous-marins Nucleaires Lanceurs d’Engins de troisieme Generation、第三世代原子力弾道ミサイル潜水艦)」と呼ばれる新型艦の建造計画を発表した。同級は『ル・トリオンファン』級よりわずかに船体が長くなるが排水量は15,000tと大きな変化はない。公表されているCGを見ると、艦尾の潜舵がX舵となっているなど、『ル・トリオンファン』級をベースに『シュフラン』級の技術を盛り込んだデザインといった印象である。搭載するSLBMについてはM51シリーズを16基搭載する予定で兵装面では前級から大きく変更はないが、フランス海軍はSNLE-3Gが前級よりも静粛性を高めたものとなることを強調している。1番艦は『ル・トリオンファン』級の退役が始まる2035年の竣工を予定しており、以後5年間隔で同型艦の3隻竣工する予定で2090年まで運用することが考えられている。

 次に「抑止、介入、防衛」を担う航空母艦であるが、2020年12月、現職のエマニュエル・マクロン大統領は2038年に退役する予定の『シャルル・ドゴール』の後継となる新世代空母『PANG(Porte Avion Nouvelle Generation)』を建造することを公表した。PANGは『シャルル・ドゴール』と同じく原子力推進の空母であり、全長約300m、満載排水量約75,000tと同艦より遥かに大きなものとなる。アメリカ最新の原子力空母『ジェラルド・R・フォードGerald R. Ford』と同様の電磁カタパルトを装備し、搭載機としてドイツ・スペインと共同開発中の新型戦闘機SCAF(FCAS)を30機、さらにE-2D早期警戒機や対潜ヘリコプターなどを搭載する予定である。次世代空母を原子力推進と決定したことについて、現職のマクロン大統領は「我々の大国としての地位は原子力産業と共にあり、(原子力産業のもとで構築される)核抑止力、潜水艦、空母はフランスを独立国家として存在させている」と述べており、前回述べたフランスの「自立」の一端を担う原子力産業の維持と、「抑止、介入、防衛」の手段を確保し続けることを企図したものと思われる。PANGは2025年に建造を開始し、2036年海上公試、2038年に就役する予定である。

 『リュビ』級原子力攻撃潜水艦の後継として建造が進められているのが『シュフランSuffren』級である。同級は元々1998年に6隻の整備が計画され、1番艦は2010年頃に竣工する予定だったが、財政問題から建造計画が後ろ倒しになり、2020年4月にようやく1番艦『シュフラン』の公試が開始された。原計画からは大幅な遅れをとってしまったが、そのぶん『ル・トリオンファン』級や『スコルペヌ』級の建造で培った技術を多く盛り込むことができている。水中排水量は5,300t、原子力ターボエレクトリック機関を搭載し、水中速力は25ktを発揮可能で、艦尾の潜舵はX舵となっている。4門の533mm魚雷発射管を装備し、魚雷、エグゾセ対艦ミサイル、機雷に加え、水中発射型のMdCN巡航ミサイルを搭載する。アメリカやイギリスの同種艦は、すでにトマホーク巡航ミサイルを搭載して遠距離対地攻撃が可能であったが、これでフランスも念願の潜水艦からの対地攻撃能力を手にした。また、特殊部隊支援能力も有しており、フランス海軍の作戦の幅を広げることが期待されている。すでに4番艦までが起工されており、6番艦の竣工は2029年頃となる予定である。

 最後に、前述した『ラファイエット』級の後継として建造が進められているのが「FDI(Fregates de Defense et d’Intervention、防衛/介入フリゲート)」の計画名称を持つ『アミラル・ロナルクAmiral Ronarc’h』級である。同級は満載排水量4,560tと『フォルバン』級や『アキテーヌ』級に比べると一回り小さいが、アスター30やエグゾセ対艦ミサイル、対潜用短魚雷発射管を装備しており、対空、対潜、対艦いずれの任務にも対応することが可能だ。5隻の建造が予定されており、ヘリや舟艇の運用能力も併せ持つ同艦は、長期の海外展開、低脅威度紛争対応、特殊部隊派遣と、計画名称にもある「介入」と「防衛」双方で役立つ存在となるだろう。また、近年フランスとの防衛協力を進めているギリシャも同級の改良型の導入を2021年9月に決定しており、ギリシャ海軍には3隻が引き渡される予定である。

 共有の価値観を持ち、中国の強引な海洋進出をインド太平洋の「嵐」と認識している我が国とフランスは現在、様々な面で関係強化に努めている。幸いなことに80年前と違って我が国は一人ではないのだ。今後もフランス海軍が我が国の海上自衛隊との協力を強めいていくことは間違いなく、フランス海軍の戦力は我が国にとっても重要な、注目すべきものとなっていくことになるだろう。また、一人の艦船ファンとして、「大陸国家であり海洋国家である」という素晴らしい矛盾を持つフランス海軍の艦船が今後どのようなものになっていくか、非常に楽しみである。

 

 ・おわりに

 2021年5月のフランス艦隊来航時、「フランス海軍の歴史を簡単にまとめたものを書こう」と愚かにも気軽に考えついたのがこの長大な記事を書くことになったきっかけである。しかし、実際に書き始めてみると、興味関心が強くあると思っていたフランス海軍の歴史について、自分が極めて大雑把にしか理解していないことをすぐさま痛感することになった。ヨーロッパの偉大な大陸国家であったフランスが、真の海洋国家であるイギリスに次ぐ巨大な植民地帝国をいかにして発展させ、現代に至る海洋国家としての性格を持つに至ったのか。それを計画、実行したのは誰で、混沌としたフランス史の中でどのようにフランス海軍は存在してきたのか。極端な話をすれば、第一回から第七回にかけての内容は、某有名自動車番組の司会者風に言えば「負けたと書くだけでこの文字数?」となるのだが、一度気になってしまうとその過程がどうしても気になってしまい、またあれもこれもと考える私の悪い癖が災いしてしまった。理解が不十分であると思った年代については書籍を新たに購入し勉強するなどして、なるべく内容に誤りがないように努めているが、自分自身まだまだ内容が不十分、あるいは要点が欠けている点があると思うのでこれについては今後の課題としたい。そういう意味で、このフランス海軍通史は私にとって反省の記事である。

 第三共和制期の詩人、ポール・ヴァレリーはフランス(人)を「立ち上がり、よろめき、倒れ、再び立ち上がり、こわばり、自信を持ち、打ち破れ、熱中し、誇りや諦めや不安、激しさを繰り返している」と表現したと言われる。その表現はすべての人間にあてられるものであって、フランス(人)の専売特許にしないでほしいという気持ちが湧いてこなくもないが、ヴァレリーはそれに続いてフランスの歴史が「極端の連続」であったとしており、これについては完全に同意せざるを得ない。フランス海軍通史を書くにあたって、フランスの各政治体制下でのフランス海軍の役割、そして政府─海軍─植民地(戦後は国際社会)という繋がりを私は意識していたが、フランスが誇りとするその長い歴史は非常に激しいもので、もう少し落ち着けないのかと何度も思ったものである。

 フランスという存在は、「歴史」ではなく「国家」という枠組みの中で成長してきた。フランク王国フランス王国の時代から「フランス人」が存在していたわけではない。大陸国家フランスの海洋性は当初、フランス王が作り始めた「国家」という枠組みの中で作られるパズルの1ピースに過ぎない存在でしかなかったが、フランス王のもとでフランス海軍が創設され、それに取り込まれる形でパズルの中での存在感が増してくるようになると、同じく「国家」としてライバルになったイギリスに対抗することが可能な存在としてその重要性が次第に認識されるようになった。もちろん、フランスは偉大な大陸国家であり、枠組みを構成する辺の多くはオーストリアなど大陸諸国と隣接しているので、枠組みが直接揺さぶられるような事態になれば、重要ではあるもののパズルピースの1つに過ぎない存在であるフランス海軍は蔑ろにされることが多々あった。それはフランス王国の時代だけでなく、フランス革命後に誕生しては消えた共和制、王政、帝政も同様であり、第三共和制期には枠組みの外に作られる巨大な植民地とフランスを繋ぐための重要な役割があったものの、依然としてピースの1つであることに変わりなかった。しかし、第二次世界大戦によってこの枠組みが半ば崩壊したこと、そして核兵器という圧倒的な技術革新によって、フランス海軍は新たに作られた第五共和制という枠組みを構成する3辺(北海、大西洋、地中海)を含むフランスに欠かせない巨大なピースの一部となったのである。同じフランスの国防組織であるフランス陸軍が「Armee de Terre」、フランス航空宇宙軍が「Armee de l'Air et de l'Espace」と「〇〇の軍隊」といった表記なのに対し、フランス海軍が「Marine Nationale(Marineは海軍、Nationaleは国家の)」という表記なのも上記のように考えると頷ける。

 このフランス海軍通史が、読者の方々がフランスあるいは世界各国の海軍の歴史や艦艇に興味を持つきっかけになれば幸甚である。

 

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